【報 告】今年も3人の研究者に賞を授与 第8回渡来文化大賞授賞式&ミニ講演会 5/30(土)
5月30日(土)、高麗神社参集殿2階大広間で、「日本高麗浪漫学会 高麗澄雄記念 第8回渡来文化大賞」の授賞式&ミニ講演会を開催しました。
授賞式には、受賞者をはじめ、来賓、関係者、高麗1300会員など40数名が出席しました。冒頭では、高麗神社高麗文康宮司(高麗1300副会長)ならびに日本高麗浪漫学会新井孝重会長(高麗1300副会長)が挨拶しました。
授賞式では、3名の受賞者を紹介したあと、新井会長より、賞状と副賞(賞金)が手渡されました。なお、今回は研究大賞の受賞者はなく、奨励賞は1名、啓蒙賞は2名に贈られました。
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選考講評では、渡来文化大賞選考委員会の鈴木靖民委員長(國學院大學名誉教授)より、受賞作品についての評価および選考理由が述べられたほか、今回は研究大賞に値する作品がなかったことの説明がありました。また、早乙女雅博副委員長(東京大学名誉教授)と酒井清治選考委員(駒澤大學名誉教授)からも、受賞作品についてや選考過程について感想が述べられました。
休憩をはさみ、受賞者の皆さんによるミニ講演会へ
・・・・講演の内容を簡単にご紹介します
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<渡来文化研究奨励賞>
主税英徳さん
主税さんには、授賞式に出席いただくために、台風が近づく中、沖縄からお越しいただきました。高麗(こうらい)陶器に着目し、そこから派生する東アジアの陶器の研究を続けておられます。『高麗陶器』の専門書は、2019年の韓恵先(ハンヘソン)先生に次ぐ2番目の本だそうです。
演題:高麗(こうらい)陶器の考古学
主税さんは、まず「高麗(こま)ではなく、『高麗(こうらい)陶器』というのがあるんだということが、皆さんの頭の片隅に残ってくれれば」と述べました。
高麗陶器とは、便宜上定義づけしたもので、特徴は、壺や瓶、大型の壺などがあり、また高麗青磁、高麗青銅器をまねて陶器で作った模倣陶器もあるとのこと。
まず課題として、高麗時代に誕生した高麗青磁が注目され、韓国でもかなり関心が少ない。1990後半になってようやく発掘調査資料が主体に研究テーマの多様化活発化が進んだ。しかし、朝鮮時代にはオンギ、鹿児島の黒酢やキムチ、みそを漬ける器が作られていて、韓半島だけでは解決できない。日本では太宰府から高麗陶器と思われる陶器が発掘さている。北部九州から琉球でも出土している類須恵器「カムイヤキ」は高麗陶器をまねてつくったのではないかと考えられる。このことから中世東北アジアを結ぶことができるのではないか。「高麗陶器の考古学」として生産・消費を明らかにして、高麗陶器がいかに生き残ってきたのかを考古学的に解明しよう試みたと研究の意義を説きました。
主税さんは、高麗陶器の特質を明らかにしようと5段階に分類しました。
窯構造の変遷から、同じ形の陶器を作る生産の効率化によって集約され、15世紀には高麗陶器を作っていた平面楕円形の窯は無くなる。消費と用途からは、出土遺構から大型壺は埋めて使用したこと、さらに火葬した骨を入れる埋葬などの用途に拡大していった。生産面からは、1期は統一新羅時代、2期は窯が大きくなり、3期は窯構造が変化、わんやふたがなくなり模倣陶器が現れる。4期は施釉された陶器が登場し、5期は大型壺の波状紋が無紋にと簡素化される。そして機種減少となり朝鮮時代へと移行する。消費は、1、2期は大型壺貯蔵や祭祀、3期は大型壺が骨埋葬に用途拡大し、運搬しやすく小型化、施釉、そして九州へ流入していく。高麗時代の食器は、貯蔵具は陶器、貯蔵具は青磁、食膳具は青磁など、煮炊具は陶器鉄器で、「大型壺」は他の材質では代替できないため生き残ったと論じました。
これまでは、高麗陶器は高麗青磁に押されて生産が萎縮したとみなされてきたが、生産を効率化、合理化し継続させて朝鮮時代のオンギに通じていったのではないかと結論づけました。磁器の研究はなされてきたが、中世東北アジアの陶器に着目し研究することで、新たな歴史的事象があきらかになるのではないか、さらなる研究を続けていきたいと語りました。
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<渡来文化研究啓蒙賞>
河添房江さん
河添さんは、『源氏物語』をはじめとする平安文学が専門。唐物といわれる舶来品が貴族社会でどのように使われていたのか、文学作品の中から読み解きます。まさにNHK大河ドラマ『光る君へ』の世界観。河添さんは、渡来文化大賞初の女性受賞者となりました。
演題:『源氏物語』における「高麗」
河添さんは、当会の性格を踏まえて、源氏物語における高麗人(こまうど)、渤海国との交流がみられる場面、渡来文化に通じる場面を中心に解説してくださいました。
最初に、唐物、渡来品とは何か。中国からの舶来品 広い意味で舶来品を指す言葉で、香料、貴木、顔料、薬、ガラス、紙・・・珍獣など。薫物の材料の香料もすべて舶来品。平安貴族にとって、唐物は希少品であり、贅沢品であり、権威、権力、富を象徴するステイタス・シンボルだったそう。藤原明衡の「新猿楽記」に登場する唐物が紹介されました。
続いて、源氏物語での太政大臣の光源氏の話に。当時、高麗人とは渤海語というよりも中国語や漢文、漢詩で筆談的に会話をしていたそうです。『源氏物語』の桐壺巻の冒頭から、交易ルートには大宰府交易と渤海国交易の二つあったそうで、渤海国と日本の交流が源氏物語に生かされていたといいます。また、高麗の商人は観相術による予言をするなどしていたとか、光る君「光君」という愛称は高麗人がつけたということも紹介されました。
末摘花巻に出てくる黒貂の皮衣は、渤海からもたらされた貴重な舶載品の毛皮で、男性官人にブームだったそう。梶田半古の屏風や与謝野晶子新訳挿絵に描かれた毛皮をスライドで紹介され、源氏絵は美しい世界をも表現していることがわかりました。
唐の紙と高麗の紙について、唐の紙は色鮮やかな色彩と雲母刷りで、唐紙本や素性集、古今和歌集序や太田切などのほか、国産を使った西本願寺本三十六人家集が紹介されました。しかし高麗の紙は同時代の高麗国からの紙を指していたかよくわからないそうで、白い紙で光沢があり、明石巻の場面では高麗のクルミ色の紙と表現されています。
最後に、昨年のNHK大河ドラマ『光る君へ』のセットの話に。藤原兼家の東三条殿の屋敷は官の世界、つまり舶来品で強調されているのと対照的に、源雅信土御門殿の屋敷は大和絵屏風などで、和の世界として表現されていると、セットの写真を比べながら解説しました。河添さんは「二つの文化を使い分ける、時代を象徴している気がした」と放送当時を振り返りました。
唐物とは、官の世界の象徴の一方、和の世界に溶け込み和の文化を熟成させていく要素として、国風文化は舶来品、渡来品を消費する洗練された都市文化であると締めくくりました。
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<渡来文化研究啓蒙賞>
河内春人さん
河内春人さんは、研究や教育で「世界の中の『日本』」というフレーズが、その意味通り使われているのか、疑問を投げかけます。河内さんはこの2月、NHKの歴史番組に出演されています。ご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。
演題:「世界の中の日本」を考える
河内さんは、教科書の執筆も手掛けていらしたとのことで、まずは教科書の記述に触れ、「天平文化」がどう書かれているのか探ると、世界史Bよりも日本史Bの方が浅いことがわかったそうです。「古代の文化」が、「全てが海外からの影響を受け続けている」では、どこまで広げて考えたらよいのか、疑問を投げかけました。
国際関係からみると、羅唐戦争後に唐が朝鮮半島から撤退し新羅が統一した背景には、吐蕃(とばん)の進出があり、さらに突厥(とっけつ)とともに中央アジアの動きが唐の東アジア外交に影響を与え連動している。つまり、吐蕃が強くなることで、日本が律令国家の形成に突き進んでいくことになると説明しました。東アジア、東部ユーラシアそしてユーラシア全体を見なければならない。密接に結びついている地域が重なり合って大きな世界を構成しているとみるべきであり、東アジア、東ユーラシアで止める、どこまで広げて考えるか問いました。
そして、渡来文化とは。飛鳥文化からずっと影響を受け続けているが、どうやってきたのか。東アジア、東部ユーラシア、さらにその先と重なり合っているネットワークに乗って日本に持ち込まれている。それらを受け入れ、アレンジして形を変える、時には拒絶する。その流れが渡来文化とすれば、その文化を流れさせるネットワーク的な世界がどういうものなのかを考える必要がある。9世紀の西アジア「諸道路と諸国の書」に日本が「ワークワーク」として伝えられている。各地が軍事的接触や交易による交流は、文明間の文化的な距離を接近させ、一体化に向けた変容を促すことになると論じました。
いかに文化を受け入れアレンジしていくか。「馬」は日本にいなかった。「馬」だけでなく「馬具」もセットとして入り、金属の技術が入って来る。「飼育技術」という形にないものも入ってくる。一方日本では「去勢技術」は受け入れていない。これによって日本独自の馬文化が成立した。また、道教のように、文化受容に対する方針の転換もある。こうした行為を通じて文化は伝播元とは異なる多様性を持つことになる。渡来文化を理解する一つの手がかりとなろう。渡来文化とは、「世界の中の日本」を理解するためのカギとなる重要な手がかりなのだと説きました。
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日本高麗浪漫学会研究員の加藤恭朗による閉会の挨拶のあと、関係者による記念写真を撮影し、第7回渡来文化大賞授賞式&ミニ講演会は終了しました。
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★ 埼玉新聞に記事が掲載されました
埼玉新聞 2026(令和8)年6月7日付
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<お知らせ>
第9回渡来文化大賞の作品募集は2026年9月末頃から開始し、12月31日締め切りとなります。2027年3月に選考委員会による審査によって大賞、奨励賞、啓蒙賞が決まり、同月末ごろに発表します。授賞式や講演会は5月を予定しています。
「渡来文化大賞」は、古代史研究、とりわけ渡来文化についての研究成果(著書・論文・展示発表など)に対して大賞や奨励賞、啓蒙賞を贈り、これらの分野の研究が進むこと、若手研究者への励みになること、広く一般に親しまれることを目的にしています。
自薦、他薦を問わず、出版社の担当者からも推薦もお受けています。
古代渡来文化研究者の皆様、奮っての応募をお待ちしております。
高麗1300・日本高麗浪漫学会
















