【報 告】古代日本の馬の飼育や生産の実態が明らかに!? 第11回歴史シンポジウム 12/13(土)
2025年12月13日(土)、日高市総合福祉センター「高麗の郷」研修室で、第11回高麗郡建郡歴史シンポジウムを開催しました。参加者は、関東各地から97名。古代東国の「馬」についての関心の高さがうかがえました。
歴史シンポジウムは、これまで10回にわたり「古代高麗郡の建郡の謎」を大テーマに議論を進めてきました。今回は、古代より交通や合戦・農耕などに重要な役割を果たした「古代馬について」取り上げ、先の(7月13日)高麗郡公開歴史講演会で、まずは「東アジア中での騎馬文化」といった広い視点で議論いただき、今回のシンポジウムへとつなげました。今回は、さらに東国へと掘り下げ「古代東国への馬生産」とし、3名の講師により論議いただきました。テーマは「東国の馬生産の受容と在地社会への展開~」。
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<講演1> 諫早直人先生(京都府立大学文学部准教授)
「日本列島における家畜馬生産の展開とその系譜」
前回の公開歴史講演会を振り返り、日本列島における馬の出現について「散発的渡来と、古墳時代の本格的渡来」に分類して話しました。そのあと、特に「本格的な家畜馬生産」にとって重要である「牧の存在について」を、その牧の構成要素と大阪府の(河内国)四条畷市の蔀屋北(しとみやきた)遺跡の「考古学的成果」より事例をあげて、詳しく説明しました。さらに河内と東国を結ぶ古東山道ルートに沿って、まず長野の伊那谷地域へと大規模家畜馬生産地が広がっていったことに触れ、くわしく解説しました。
<講演2> 右島和夫先生(前群馬県立歴史博物館特別館長)
「ヤマト王権における馬匹生産の展開と東国」
諫早先生のお話を受けて、5世紀~6世紀にかけて、古東山道ルートに沿って東国での大型古墳群が形成され、それと連動するように、馬匹生産が活発化していったと話しました。特に事例として、考古学的成果として東国である上毛野地域(群馬県渋川市金井遺跡群)にみられる馬匹生産の実態について解説しました。
<講演3> 加藤恭朗先生(日本高麗浪漫学会研究員)
「入間・高麗郡の家畜馬生産の実態」
当地の「入間・高麗郡の家畜馬生産の実態」と題して、馬生産に関する数々の考古学的な遺物(墨書土器・焼印・馬歯骨・馬具・馬小屋の可能性遺構や駅家跡など)より具体的に解説しました。当地における「牧の実態」については、確定的なものはないが、改めて「牧とは何か」を問題提起しました。
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<パネルディスカッション>
「東国の馬生産の受容と在地社会への展開」
中野高行先生(日本高麗浪漫学会副会長・大東文化大学講師)がコーディネーターを務め、講演をされた3名の先生方が「東国の馬生産の受容と在地社会への展開」と題して議論を重ねました。先生方からは、さまざまな角度から見解が述べられ、東国の馬について、より深めることができました。特に、「馬の飼育と生産」の初期に関しては専門集団が必要で、それは韓半島からの渡来系の移民が関与したとの指摘は、大変興味深いものでした。
中央と地方を結ぶ交通手段としての「馬」を考えると、相当数の「馬」が必要だったはずで、その生産や飼育が各地に存在していたことは十分考えられます。しかし、馬を飼育する「牧」は、遺跡として出てくるものはほとんどなく、なかなか実態をつかむことができません。さらに生産や飼育には専門的な技術が必要であり、それらを考えるとどのような供給体制があったのか、さらに興味が深まります。参加した皆さんはメモを取るなどしながら先生方の話をじっくり聞き、充実したシンポジウムとなったのではないでしょうか。
寒い中、遠方からも多くの皆様にお出かけいただきました。誠にありがとうございました。
来年度の「公開歴史講演会(7月)」と「歴史シンポジウム(12月)」をお楽しみに!
高麗1300・日本高麗浪漫学会



















