【報 告】武蔵国の中心地を歩く 国分寺から国府へ  第17回歴史ウオーク 11/1(土)

【報 告】武蔵国の中心地を歩く 国分寺から国府へ  第17回歴史ウオーク 11/1(土)

 

 11月1日(土)、少々雨の心配もありましたが、時折薄日が差すまずますの天気となりました。今回は高麗郡から外へ出て、西国分寺駅に集合。午前9時に、25名が集まり出発しました。

 今回は、古代武蔵国の中心地を歩きます。第10回で、日高市の武蔵高萩駅(高麗郡家跡)から武蔵国分寺まで、2日かけて東山道武蔵路を辿りながら歩きました。その続きといってもよいかもしれません。

 まず、東山道武蔵路道路遺構へ。ここは、ちょうど谷に向かって下がる場所で、当時造られた道路の構造がレプリカ展示されています。

最初に東山道武蔵路道路遺構展示を見学
幅12メートルの広い東山道武蔵路を歩く

 さらに、国分寺跡へ向う直線道路は、遺構を地下に保存した上に復元されたもので、当時の様子をうかがい知ることができます。

途中解説板もある
ここも武蔵路の遺構
武蔵国分寺跡資料館へ

 武蔵国分寺跡資料館に到着すると、史跡ガイドの皆さんが出迎えてくれました。各自イヤホンを付けて解説を聞きながら巡ります。解説してくださったのは佐々木さん。短い時間の中で、「資料館」「国分寺跡」「尼寺」を案内していただきました。

まず資料館で説明を受ける
詳しく説明をしてくれた史跡ガイドの佐々木さん
武蔵国分寺七重塔跡
整備が進む国分寺跡
こちらは国分尼寺跡(基壇の層がわかる)
ガイドの皆さんも交えて

ガイドの皆さんと別れて、いざ国府へ。

府中街道を南下
けやき並木通りを歩く
大國魂神社へ

 大國魂神社境内を通り、「武蔵国府跡(国衙跡)」に到着。ここには、建物の復元柱とガイド施設があり、国衙の様子を見ることができます。国衙は、いわば官庁街。東西約200m、南北約300mの広い範囲であることがわかりました。

武蔵国分寺跡(国衙跡)
柱が立ち、ガイダンス施設がある
ガラスを鏡代わりに撮ると柱が映りそこも建物跡

 続いては、武蔵国府跡(国司舘跡)」へ。大國魂神社を出て、府中本町駅へ向かうと交差点角に「国司舘と家康御殿史跡広場」があります。

国司舘跡は広い公園になっている(府中本町駅となり)

 ここでは、国司(地方官)の住まいや執務室などが見つかりました。建物跡には柱が復元されていて、またミニュチュアの復元模型が当時の様子を垣間見ることができます。管理事務所でVRスコープをお借りして、それぞれのポイントを訪ねるとCGとナレーションで解説してくれます。団体の場合は、管理事務所に事前に申し込んでおくとよいです。

国司舘の復元模型
実際の建物跡と見比べてみる

事務所でVRスコープを借りて
番号の近くに行くと解説が始まる
タブレットもあり

最後は、府中市郷土の森博物館を訪ねました。目的は「企画展 古代国司と国司舘 ~都から来た役人とそのすまい~」。

府中市郷土の森博物館へ

 まずは、館内で常設展を見学しました。ここでは、今回同行していただいた、日本高麗浪漫学会加藤恭朗研究員にワンポイント解説をいただき、じっくりと府中市の古代史を学びました。実は、当初計画では、「熊野神社古墳」を訪ねる予定でした。上円下方墳で、川越市の山王塚古墳と同じです。ここにはその模型もあり詳しく知ることができました。できれば、いずれは現地に行きたいものです。

「上円下方墳の熊野神社古墳」模型 現地では石室に入ることができるそうだ

 深澤靖幸館長さんが、先の見学者の案内を終えて合流してくだり、企画展の解説をしてくださいました。武蔵国府の発掘調査の成果から、国府の様子や武蔵国がどんな国だったのかを知ることができました。また、「高麗郡偉人伝」で馴染みとなった「高麗(巨萬)朝臣福信復元像」とも対面することができました。

まずは、座学で予備知識を
深澤館長自ら解説してくださった

 今回は、「武蔵国分寺跡」そして「武蔵国府跡」へと結ぶことができました。高麗郡は、武蔵国の中の小さな郡ですが、出身の高麗福信は3度も武蔵守(長官)を務めていて、武蔵国の中でも高麗郡は重要な役割を担っていたのではないかと想像が膨らみます。

高麗福信像と対面
博物館の見学を終えて府中本町駅へ

 次回第18回は、2026年3月を予定しています。コースや日程など詳細が決まりましたら、ホームページやチラシでご案内いたいます。ご興味をお持ちになりましたら、ぜひともご参加ください。

高麗1300 事務局